調べる
前回の記事で触れた「タタラガミ」という存在について、もう少し詳しく調べてみることにした。まず取り掛かったのは、基本的な情報収集だった。
インターネット検索、郷土資料データベース、図書館の蔵書検索など、思いつく範囲で調査を進めた。
しかし、結果は予想していたものとは少し違った。
「多々良神」
「タタラガミ」
「S県 Y村 神様 伝承」
いくつかの組み合わせで検索してみたが、関連する資料はほとんど見つからなかった。
「タタラガミ」
「多々良神」
「鈩神」
…おもいつく表記を全て試したが何も見つからない。
一般的な神話や民間信仰として紹介されているものでもなく、研究資料や地域史の中に名前が掲載されている様子も確認できなかった。
最初に見つかった動画以外では、この名前に触れている記録は確認できない。
少し拍子抜けした反面、逆に興味が強くなった。
本当に存在しない伝承なのか。
それとも、記録として残されていないだけなのか。
図書館では、S県内の郷土資料や旧市町村史を中心に確認した。
特に、
・旧Y村の沿革
・集落の歴史
・地域の祭礼
・山間部の信仰
・火に関係する風習
について調べた。
旧Y村は、かつて林業や農業を中心に生活が営まれていた地域で、周辺にはいくつかの小規模集落が存在していた。
しかし、確認できた資料の中に「多々良神」という名称は見つからなかった。
一方で、いくつか気になる点もあった。
古い資料の中には、地域の祭礼や風習について簡単な記述があるものの、昭和以前の一部期間について記録が少ない箇所がある。
また、同じ出来事について資料によって年代や表記が異なる部分も確認できた。
もちろん、古い資料では珍しいことなのかもしれない。
記録する人がいなかっただけかもしれない。
ただ、調べれば調べるほど「何もない」というより、「途中で途切れている」という印象を受けた。
そんな中、ひとつの資料に目が止まった。
旧Y村周辺の地図資料。
現在では使われていない古い地名の中に、火や山に関連する名前がいくつか残っていた。
直接「タタラガミ」と結びつくものではない。
しかし、製鉄が盛んだった地域でもあることから、火に関する信仰が存在していても不自然ではないように思えた。
ただし、現時点では推測の域を出ない。
多々良神という名前が本当に昔から存在したものなのか。
それとも、後から作られたものなのか。
まだ判断できる材料は少ない。
次回は、実際に旧Y村周辺へ向かい、現地に残る痕跡を調査してみる。
