制作後記

今回の作品制作では、「のこす」というテーマから始まり、ひとつの小さな伝承を追うことになった。

最初は、ただ知られていない神話や昔話を題材にした作品を作りたいと思っていた。

有名な神話ではなく、誰にも知られずに残っているもの。

長い時間の中で少しずつ形を変えながら、人から人へ伝わってきたもの。

そんな「残されたもの」を探していた。

多々良神について調べ始めた時、正直なところ、本当に存在する伝承なのかは分からなかった。

資料を探しても明確な記録は見つからない。

地域資料にも名前は残っていない。

現地で聞いた話も、人によって少しずつ内容が違っていた。

しかし、調査を進めるほど、記録に残っていないことそのものが、この伝承の特徴なのではないかと思うようになった。

私たちは、何かを残すために記録を作る。

写真を撮る。

文章を書く。

資料を保存する。

しかし同時に、記録されなかったものや、失われたものも数多く存在する。

残ったものだけが歴史ではない。

残らなかったものにも、そこに暮らしていた人々の時間や思いがあったのではないか。

今回の作品では、そんな「残らなかったもの」について考えた。


制作を通して、ひとつ気付いたことがある。

伝承とは、過去の出来事をそのまま保存するものではない。

時代や語る人によって形を変えながら、それでも何かを伝え続けるものなのだと思う。

多々良神という存在が本当に昔から語り継がれてきたものなのか。

あるいは、誰かが残した記憶の形なのか。

その答えは、今も分からない。

ただ、この調査と作品が、消えかけた小さな記憶について考えるきっかけになればと思う。


最後に。

今回の制作にあたり、調査に協力していただいた方々、資料を提供していただいた方々に感謝いたします。

そして、名前も記録も残らなかった人々の暮らしに、少しでも思いを寄せることができれば幸いです。